第三回 能「春栄」のみどころ(2)

 ワキの発声の違いで武将の位を表現する


今回も引き続き最初の演目である、能「春栄」についての解説です。



能弘さん:

「春栄」の権頭の装束は直垂上下で梨子打烏帽子を被っているんですが、この姿は基本的に武将の中でも本当に偉い立場の人の役しか着ません。なのでこの装束をつける時は声もハリを出して、若者っぽくならないように貫禄をつける。声の調子からも偉そうだなというのが分かるように出していくのですが、かといっておっさんみたいになってもいけない。モッソリではなく、ハリと貫禄の両方がある謡い方をしなければいけません。


難しい!


能弘さん:

もっと偉い武将になるとまた違って、例えば鉢木とか、あれはもう本当にトップ中のトップの偉さなので、同じ武将でもよりどっしりとした感じの謡い方に変えたりします。


安宅の冨樫などもでしょうか。


能弘さん:

そうですね、あとは藤戸なども武将の声の出し方に気を配りますね。


琢弘さん:

僕は力の入れ具合にイメージがあって、僧侶の時だと胸の辺りだけれど、武将のときは腹の方に力が入る感じです。下に下がっていくというような。位が一番上の人の時は一番下のところで力を入れている。


能弘さん:

口を大きく開けすぎるのもあまりよくないけれど、武将のような役の時はモゴモゴとこもる謡い方をするのもよくない。ハリのある音というと高い音のイメージですが、高い音を出そうとして喉を絞めてしまうと細い音になってしまうんです。太くてハリのある音と高い声は違う。お腹から出す時に下のほうで響いている音を解放して、そのままハリのある音に持っていくっていう感じかな。


琢弘さん:

僕がその点で注意されるときは「声が滅入っている」と言われるんです。


声が滅入っている?!


琢弘さん:

深く強い声を出すのに音を開放したままのつもりでも、だんだん喉が締まってしまう。


能弘さん:

だんだん声が下がってきてしまうんですね。そうすると聞いていて暗い気持ちがする声になってしまう。だから太いまま張っている音をわっと出して解放することが大事なんです。これは、あくまで僕の経験に基づく個人的な意見ですけれど。


難しい!!(笑)


能弘さん:

難しいでしょ!!(笑)


全く違うジャンルですが、サックス奏者のデヴィッド・サンボーンが、同じようなことを「息の柱」というような言い方で話していました。パワーのある音とは腹の底からサックスのベルの先まで、同じ太さの息を吐いて楽器を鳴らすイメージ、というような。


琢弘さん:

ああ、わかる気がします。


能弘さん:

音圧が違うんですよね。


ただ大きい音と、音圧があってパワーがある音は全然違いますよね。力んで喉を閉めてしまうと息の太さが変わってパワーも変わってしまう。


能弘さん:

物理的にはありえない話なんですが、どこにも引っ掛けないで音を出すイメージで謡うと声をからさない。大きな声を出すのでも、腹で声を動かしてその音をそのまま口まで出す。喉で音を作らない。喉に音を引っ掛けるとそれで喉がかれる要因になってしまう。


ワキ方の人の声の違いがわかれば、もっと舞台上の感情の波みたいなものがより深く見えてくるような気がしますね。


(第4回に続く)

写真・文:国東 薫 ※無断転載・転用はお控えください。